禅寺に坐して

6月
2014
21

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お茶の間心理学<№8>

開山禅師の800年法要を行っている禅寺に、立ち寄る機会がありました。
全国各地から関係するお寺の方たちが集まって、お話を聞いている方丈の脇で
少しの間、休ませていただきました。

空海、日蓮、栄西・・・
貴族から武士に、社会が変化しつつある時代にあって
混乱の中、ひとびとは何か、揺るがないものを求めていたのかもしれません。

人が救われる道は
この頃も、決してひとつではなかったのだろうと
かすかな風に汗が引くのを感じながら、考える機会をいただきました。

数年前に行ったカウンセリングの研修会で
諸富祥彦さんと鏡リュウジさんの対談を、開催したことがありました。
対談の中で、諸富祥彦さんが
「皆さんは、恋愛で悩んだとき
恋愛相談のカウンセリングルームと
恋愛の占館が並んでいたら
どちらの扉を開けて入りますか?」
と、会場の参加者に問いかけました。
なんと、占館の方が多いのは
数えなくてもわかるほどの大差だったのです。

納得がゆくまで
自分のこころに折り合いがつくまで、考えたい。
どんなに確率が高くても
確信にはならない。
そんなわたしは、恋愛相談にかかわらず
どうも占いの世界が苦手のようです。

ただ、引いたカードや石からイメージをふくらませていくことは
何かの気づき(ひらめき)があり、ワクワクする瞬間ではありますが。

やはりわたしは
気がすむまで、自分のこころのホントを追求していく生き方が
一番、安心できるようです。
それはこだわりというより
自分のこころに存在するかすかな感覚を
大事にしていくということです。

いつの時代も、ひとのこころが救われる道は
ひとつではないようです。